手段としての学校

学校の利用は、幸せを掴む為の手段であるべきなのだ。

今のこの社会より人を優先できる時代において、幸せとは人によって千差万別である。

学校とは本来生徒を外界から守り、生徒に教養を与える場所であるが、

運営コストの限界からそれらの目的を同一の場所で行うようにしてしまったことが、現代の社会問題に少なからず影響を与えている。

民主主義国家ならば、国家の役割は国民を幸福にすることであり、国民の幸福に貢献する社会の維持である。

国民を一人でも多く幸福にしたいのなら、

わざわざ人を一箇所に集めて精神的ストレスを与えるのではなく、

人の性格や特徴にあわせた環境をつくり、個人はそれらの環境と別々に関わることで精神の安定と価値観の中和を成せるようにすべきである。

具体的にいえば

知識を学ぶ場、食育を受ける場、体力を向上させる場、技術を学ぶ場 の四つに分けるべきだ。

同一の場でこれら全てをうけると、人によっては環境内での立場が固定化され、将来の可能性をせばめてしまう。

教養の種類によって場所を分けることで、一つの場所で醜態をさらしたとしても別の場所で挽回できる。

反省し、教訓を実践できる環境であれば自ずと社会は良い方向へとすすむだろう。

 

黄昏の時代

風の谷のナウシカの舞台は異世界などではなく現代の延長線上にある。

今からもうちょっと先の未来で火の七日間が起り、文明はほぼ無へと帰った。

まとめサイト・動画を見ると、ナウシカ達は文明崩壊後を生きる人造人間なのだそうだ。

自然が元に戻るまで眠っている人間たちを起こす為の鍵、それがナウシカ達で、作者の宮崎駿はそれまでの期間を黄昏の時代と説明している。

筆者は黄昏の時代という表現をかなり気に入りました。

これから火の七日間が訪れるとは思いませんが、

人工知能の台頭により世界に調和が訪れ、人は職を失います。

人工知能は人のストレスを即座に感知し、ストレスを解消へと導きます。

自己の判断で行われているように見える自己の判断は、人工知能がよかれとおもって誘導した結果にすぎなくなるのです。

自己の判断に偽装した運命のレールを辿る月日、

感覚的に言うと黄昏の時代なのではないでしょうか。

 

組織活動の難易度

クロ歴史において約五つの組織・チームを破壊してきた筆者ですが、最近益々組織活動の難しさについて考えさせられております。

最近になって共同代表、副リーダーのポジションで、ある組織活動に関わっているのですが、

組織結成から三・四ヵ月ほどで既に組織内に軋轢が生まれているように感じます。

リーダーシップを執っているもう一人の代表は持ち前のコミュ力、行動力で人をかき集め、たまに会議を開いては色んな事を決定していますが、私としては重要な事を決定していない状況に危機感を抱いております。

決めるべき重要なこととは、理念と戦略です。

人の生み出したあらゆる商品、組織、活動、サービスには理念と戦略がありました。

リーダーとは、己の行動力の根源にある理念と戦略を文章化し、それをメンバーと分かちあえる存在でなくてはならないのです。

理想に対して現状は厳しいです。

私は技術・実戦部隊を束ねる立場にあり、組織の中枢システムの維持と直属チームの指揮を行っているため、既に共同代表、副リーダーの責務を全うしています。

もしここで私がリーダーの領分を侵すことがあれば、その時点でリーダーは私の傀儡に堕ちてしまうことでしょう。

私としてはリーダーを傀儡にしたくはありません。何故なら傀儡の操作は面倒くさいからです。

よって、リーダーには真のリーダーシップを発揮して頂きたいのです。

リーダーの言動をまとめてみると、

集めたメンバーの能力を会議の場で公表し、「俺達ならやれる!」とかなんとか言っているだけです。

大日本帝国の根性論のようです。

お陰さまで、特技を持つ方々がリーダーに対して戦術を考慮しない戦略に違和感を感じ始めています。

リーダー自身に得意分野があるという訳ではなく、

理念を文章化できないどころか作ってもらったパンフレットの文章も稚拙です。

要するに、実戦を知らないのです。

己の行動力とコミュ力でメンバーはかき集められますが、かき集めたメンバーに理念と戦術に優位性を与える戦略を提示できず、

そのまま戦術を無視した戦略を語り続けて技術者・実戦部隊の連中から不信される。

それが現状です。

※愚痴

 

 

 

 

 

小説を書いてみたい

アニメ・漫画・小説、

どれもオリジナルのものを作ってみたいとかんがえています。

アニメは一人じゃ作れないし、漫画は画力と時間がたくさん必要、、

現時点でできるもの、義務教育で培った国語力でできるもの、

「小説」をまず書いてみよう、、、。!!

さて、小説ってどう書けばよろしいのでしょうか、、、

「小説 書き方」 で検索してみると 舞台 登場人物 ストーリー を考えれば小説が書けるらしいです。

舞台は何が良いでしょうか、

過去 現代 未来 身近

時代考証は面倒くさそうですし、未来は未来で自分の未来予想がカオスだし、

となると現代 身近が無難ですね。

登場人物は人だと色々設定しなければならないので、思い切って昆虫とか、宇宙人とか、幽霊とか、そのへんにしてみます。

ストーリー、これが小説の肝ですよね、

登場人物達がなんのためになにをしていくのか、、

世界を救う系は大変そうなので、一話完結型がいいかもしれません。

ギャグ路線か、シリアスか、  どちらも書いた試しがないですが、織り交ぜてみると丁度よくなるかもです。

よし、決めましたぞ

現代で、小人型宇宙人達が、地球を開拓していくお話

なんてのはどうでしょう? 実は小学校の漫画研究クラブで似たような話を漫画にしてみた事があり、画力やコマのテンポは壊滅的でしたが、その時のネタを拝借しようと思います。

今回は漫画ではなく小説なので、きっと上手くいくことでしょう。

どうせならここで第一話を書いてみます。


遠い宇宙の、地球と似ているようで似ていない惑星には地球より進んだ科学力を持つ文明がありました。

その科学力とは、 社会を形成しなくとも一人の持つツールと技術で一文明を築けるほどのものでした。

社会を形成する必要のない彼らは自分達の持つツールを使って宇宙中に散らばっていき、一人の宇宙人につき一つの惑星を管理するようになっていました。

パペル君はそんな宇宙人達の一人で、偶然にも私達の住む地球に目を付けました。

緑と肌色と青が程良く混ざるこの星、宇宙惑星カタログでも秘境中の秘境とされていた惑星に違いない!故郷の友達に自慢したい、、、。

せや!この星に定住したろ!

パペル君は地球に根を下ろすこととなりました。

万能宇宙服のステルスモードを起動し、大気圏に突入するパペル君。

降下中にパペル君は思いました。

大陸は陸しかなさそうでつまらなそうだし、 熱帯は暑そう、、

うん?あそこに龍の形をしているように見えなくもない列島があるぞ?

海と近いし、高い山もある、なにより自然もほどよくある。

決めたで!ワイ この列島を開拓したる!

パペル君はまず日本を拠点に開拓していくことになりました。


第一話 完

如何でしたか?熟考もせず勢いで書いた第一話です。

なんというか、ライトノベルみたいです。

状況の説明量が少ないとライトノベルのようになってしまうのでしょうか?

なにはともあれ記念すべき第一話を書ききれました。

宇宙人のパペル君が日本で何をしていくのか、何を目標にするのか、まったく考えておりません。

今後の小説力向上に期待したいところです。

 

 

リーダーの本質

最近意識高い系の如く様々な活動を同時進行させ、

活動によってはリーダーをやらせてもらっていますが、これが中々うまくいきません。

自分も不愉快ですし、きっとメンバー側も快く思っていなかったことでしょう。

いろいろ活動をしてきましたが、かれこれチームを五つぐらい潰した気がします。

チームを五つぐらい潰した経験を元に言えることは、「リーダーは役割」だということです。

リーダーはメンバーの上にたってあれこれ指示をしていくものではなく、

チーム内にある役割のうちの一つだということです。

リーダーの役割とは、メンバーに指示をする 戦略を考える などではなく、

メンバーに対して「将来を保証する」ことだと思います。

チームのビジョンを説明し、保証する。

保証するから自分の考えた戦略を元にした指示に従ってくれ、

これがリーダーの本質だと思います。

こんなことを言っておりますが、現時点で筆者はかなり未熟です。

リーダーとはこうあるべきだ!から程遠い存在です。

リーダーの本質を意識しながらも、自分の言動には奢りがあり、ひどいときは中傷までします。

チームのビジョンから遠ざかる行いだと分かっていながらも、ついやってしまう、、、。

自重ができる良きリーダーになりたいものです。

善への違和感

私のやってきた行いを全てリスト化できたとします。

リストを見た者のうち100人中99人が私のことを「悪人」と評するんじゃないかと思います。

良い意味でいいたいわけではありませんが、私は常識がなかったほうだと思います。

人の嫌がることを平気でしてましたし、空気もかなり読めませんでした。

過去のことを思い返してみると、自分はADHDなのではないかと思います。

薄々気付いてはいましたが、ここまで書いて悟りました。

私は本当に悪人です。

前述の通り、人の嫌がることを平然とやれました。

自分が言われて嫌なことを人に言っていました。

ここまでで自分をディスりまくりましたが、今精神的に罪悪感はあまりありません。

良心がないのか、壊れているのか、

それとも良心の効果範囲の外に分類されるのか、

あまり自分のことをよくわかっておりませんが、

今、自分の過去を見返すと、

コイツやべぇ ぐらいは感じます。

私の良心はなんなのでしょうか、私の正義はなんなのでしょうか

最近思ったことですが、

人が唯一信じれるものは生物の生殖欲求だと思います。

善も悪も、この生殖欲求からなる二次的なもので、その生殖欲求の解釈によって人の善と悪に対する価値観はズレてくるのだと思います。

私は人に叱られた時、心の中で非常に反抗的になります。

相手の言っている善が分からないからです。

親や先生は、「これは悪い」「これは正しい」と言ってくることが非常に多く、さらに腹のたつときは、善と悪を決め付けるのと同時に怒りを放ってくるときです。

その善と悪の価値観はどこからくるのか、その怒りはどこからくるのか、

人に善と悪を悟らせたいのなら、

善と悪の価値観を、人が唯一信じれる「生殖欲求」と結び付けて説明するべきなのです。

怒りは相手の精神を乱すどころか、説明の説得力を損ないます。

この記事を書いている今、私は未熟な身です。

善と悪の価値観を押し付けるのではなく、自己の価値観を説明する。

これができたらいいと思います